『スノーマン』

 

あの日は珍しく聖域に雪が舞っていた。

「シベリアにはスノーマンっているのか?」
「は?」

いつもながら唐突な質問を投げるものだと目前のミロを見る。
どうせまた何かの影響だ。

「いるなら私も是非あってみたいものだな。」
「・・・何だ、いないのかぁ」

心底残念そうな顔をするミロを見て、つい言ってしまった。

「せ、世界中のどこかには いるかもしれないぞっ!」
「え、そうなの?」
「ああ、ヒマラヤにはいるかもな」
「ヒマラヤのはイエティ(雪男)じゃないのか?」
「まあ、遠い親戚のようなものだ」

一体私は何を言ってるんだ・・・

「そっかー」
「それにシベリアには私1人で十分だろう」
「カミュは雪の精ってカンジだもん、全然違う」
「・・・・。」

どう違うんだ、と言おうとした瞬間、ミロに遮られた。


「綺麗だから別格」


そう言いながら太陽のような笑顔を向ける。
一人完結して納得するミロの隣で私は途方にくれた。

「なぁ、この分だと少しつもりそうだよな」
「・・そうだな」
「ねえ、俺らも作ろう」
「スノーマンか?」
「そ」

言うと同時に私の手をとると外に引っ張り出された。


今思えば、あいつは馬鹿だが自分はもっと馬鹿だった。
いくら子供とはいえ、ミロは私の話を本気で信じていた。
そんなミロのフォローするのに何度頭をひねったことか・・・
子供の頃にミロと交わした話を辿ると、くだらないものばかりが浮かぶ。


そんな夢から醒め時計に目を向ける。
午前4時。
ひと眠りしたようだが冬の空はまだ暗い。
するとホワリと白いものが天から落ちてきた。

『ああ、どうりで。聖域にしては冷えると思った』

そう思いながらふり返り隣で熟睡する当人を見つめた。


「別格か・・・」


ふとスノーマンの最期がよぎる。


「・・・あまり違うとは思えないな」


そう呟きながらそっと腕をのばし身を寄せた。


「むしろ溶けるのが速いのは私の方だ・・・」


 

 

ほら、私は朝も昼も夜も太陽を抱いてる

 

***

 

じっとしていると自分より少し高い体温が伝わってくる。
月の光に照らされた横顔が浮かぶ。
自分を見つめる蒼は長い睫毛に伏せられている。

ミロは昔から自分のベッドに潜り込んできた。
いくら黄金聖闘士といえど、まだ幼い子供だ。誰もいない大きな神殿に1人でいるのは静かで嫌だったのだ。
私は明け方までずっとミロの話に付き合っていた。
が、その度にアイオロスやサガに見つかって連れ戻された。
でも私はミロを止めなかった。
むしろ話を聞くのは楽しかったから・・・

もう怒ってくれる人はいない。

そして彼がここにやって来る理由も違う。


しばらくそんな考えを巡らせていると、眠気はすっかり消えてしまった。
夢の住人を起こさないようそっと寝台から降りると裏庭へ出て行った。

「寒いな・・・」

思わずついた言葉に失笑してしまう。
自分の口からそんなセリフが出るとは誰も思いはしないだろう。
岩の上には既に雪が積もり始めている。
一掴みして握りしめるとじんわりと水に変わる。


「・・・まあ普段はこれが当たり前なんだが・・・」


あの日の出来事をふと思う。
ミロに連れ出された後、何か続きがあった気がする。
一体何だっただろう・・・


もう1度手に取ると今度は固めてみた。
だがやはり思い出せない。


そんな動作を一時繰り返していると辺りは白い景色に包まれていた。
そして気づけば目の前にはすっかりあの形が出来ていた。


「・・・スノーマン」


ご丁寧に石で目まで付けている。


「馬鹿馬鹿しい」

すっかり冷えた手に、はぁ、と息を吐きかけながら部屋へ戻る。
相変わらずミロは夢の中のようだ。
起こしてしまうかもと棚から毛布を出しソファーに身をしずめた。
そしていつの間にか眠りに落ちていった。


***


「ねぇ、カミュ。どうせなら大きいのつくろうよ」
「大きいってどれくらいだ?」
「ん〜、俺らより大きいやつ。」
「お前は絶対大きいツヅラを選ぶタイプだな」

まだ幼い私達の背丈はやっと130cmに届く程だった。
だが普通の子供ではなかったのだから、容易い事に思われた。
・・・作ってみるまでは。


「下はいくらでも大きく作れるんだけどなぁ・・・。上にのせるのがキっツいよなぁ」
「ミロ、これだとサガ達より大きいものになってしまう。もう少し減らそう」
「そんなのつまんないだろ。」
「じゃあムウに頼んで頭を動かしてもらうか?」
「絶対ゴメンだ」


即答だった。
確かに後で何かしら面倒な見返りを要求されかねない。


「わかったよ、んじゃ俺らぐらいの丈で作ろう」
「ああ、それが精一杯だろうな」


能力を使うにしても自分達の技ではこの場面に適さない。
いわば普通の子供並みなのだ。
諦めて作業をつづける。


「よっし・・と、そっち持って、カミュ」
「ああ、いいぞ」
「せーのっ」


ドサッ


頭を積んだと同時に2人その場に倒れこむ。
見上げるとそこにはスノーマン。


「・・・ハァ・・・けっこうイイカンジかな」
「・・・下手したら私達より・・・大きいかも・・な」


この場にアイオロスがいたら「何だこれくらいでだらしない」と言われそうだ。


「こいつも夜には動くかな?」
「え?」


ミロに言った事をすっかり忘れていた。


「こ、ここは温かいんだから、ムリだ!」
「・・・そうだよなぁ・・・やっぱヒマラヤじゃないとムリかぁ・・・」
「ああ、きっと朝になれば溶けてしまうだろう。こんな温かい土地では生きていけない」
「・・・・・・。」

どうやらミロもスノーマンの最期は判っているらしい。
既に雪はやんでいた。
この分だと明日は綺麗に晴れそうだ。

「ミロ、日が暮れる。もう帰ろう」
「・・・ん・・・」

私は構わずその場から歩き出した。
ミロもしぶしぶついて来る。


「なあ、カミュ」
「何だ?」
「カミュは溶けていなくならないよね?」
「やっぱりお前、私と奴を仲間だと思ってるな」
「そうじゃない。そうじゃないけど・・・」
「けど何だ。」
「ちょっと聞いてみたかっただけ」

その時はミロの疑問が解らなかった。
きっと言った当人でさえ解らなかったと思う。
ただ感覚で思いついた事を口にしてたのだろう。

「・・・・・・。」

突然いいようのない不安に襲われた。
そんな私の様子に気づいたのかミロは言葉を続けた。

「カミュは大丈夫」

そう言って私の手を包みこんだ。
自分で言っておきながら何を言うのかと思う。

でも温かい・・・

ピチャン

自分の奥で何かが溶ける音がした。


『陽に近づいてはならない』


師の言葉が甦る。


『その温かさを知ると私達はもう生きてはいけない』


雫が水面に落ち波紋が広がっていく。

ああ・・・・・
私は期待に添えない生徒と見越されていたのかもしれない。


***


チチ・・・

・・ピピ

空から舞い降りる使者の声。
光が顔を射て目が覚めた。・・・が
そこは寝台の上だった。

「おはよう・・・って言っても、もうすぐ昼だけどね」

「あ・・・」

「別にいいよ、だって眠れなかったんだろう?ねぇ、それって俺のせい?
・・・それとも外で何かしてたから?」

クスクスと笑いながら意味深な表情を向ける

「な!まさかお前分かってたのか?」
「俺だって聖闘士なんだぜ、気配くらい解んなくてどうすんだよ」


至極もっともな答えに返す言葉が見つからない。
むしろ見られていたのに気づかなかった自分に自己嫌悪する。

「ベッドに運んでくれたのか・・・」
「風邪ひくだろ。カミュだって俺と同じように普通は寒いって感じるんだし」
「え・・」
「昔、スノーマン作ってた時、手がかじかんでたろ。その時思ったんだ。
きっとカミュも寒いんだなって。」
「・・・・・」


ダメだ。
思考が働かない。


「ところで、外見ないの?」
「え・・・・」
「せっかく作ったのに見に行かないの?」

カーテン越しの窓に目を向ける。
空は綺麗に青い。

「そんなの、もう溶けてるに決まってるだろう」
「カミュは変わらないよね。それあの時と同じセリフだよ」
「?」
「覚えてないんだ。まあいいけど」
「・・・私は何か言ったのか?」
「来て」

ミロは私の手を取ると窓の傍に連れてきた。

そういえばあの翌日も鍛錬後に真っ先に向かった。
正確に言うなら、ミロに無理やりひっぱって連れて行かれたのだ。
あのスノーマンを見るためだ。
地面の雪はもう残っていなかった。


「今日は朝から陽が射してたんだから、行くだけ無駄だ。」
「そんなのわかんないだろ。」
「もう溶けてるに決まってる。」
「そこまで言うならカケよう」
「え?」
「あいつがまだいたら約束してよ」
「約束?」
「オレにだまって消えてしまわないって」


その瞬間私は解ってしまった。
彼が何を言いたいのか。
返す言葉は見つからない。


「カミュ」


弾かれた様にミロを見る

「どうしたんだ?」

きょとんと首をかしげてる。
やはりミロは自分で解っていない。
心の奥に湧き上がったその疑問を。
経験ではなく本能。

それが怖かった。


いつかミロは自分の運命を変えてしまうかもしれない。

「カミュ」

ミロに呼ばれて顔を上げた。


その瞬間、あの日の全ての事が思い出された。
途端に現実に引き戻される。

「ほら見て」


そこには昨日作ったスノーマンがきっちり座ってる。
しかも全く溶けていない。
結果はあの日と同じだ。

「・・・そんな事ありえない」

あの時と同じように私はつぶやいた。
聖域に私と同じ能力を持つ者はいない。
かといって誰かに手を借りたとは思えない。


「ねえ、あの日の質問にそろそろ答えてくれる?」
「え・・・」

そうだ。結局あの日私はミロに何も言えなかった。


「俺に黙って消えてしまわないって」


ただあの日と違う事といえば彼はその言葉の意味を理解して話していた。
そしてじっと私を見つめ答えを待っている。


「この先この身がどうなるかなんて分からない」

「それはお互い様だろ」

「だから約束は出来ない」

「・・・・・・。」

「もし私が先にこの世から消えた時には・・・」

言葉を探す。


「・・・いつか雪と共にお前に会いに来よう・・・」


そう答えるのがもう精一杯だった。
そっと手が伸びてくる。
背後から抱きしめられそっと耳元で囁かれた。

「いいよ、それで十分」


ふふ、と小さく笑いながら彼は微笑む。


「賭けは俺の勝ちだよ」


そして振り向いた瞬間、口を塞がれた。


***

部屋に戻り庭に視線を落とす。
そんな私の前にミロはコーヒーを差し出した。

「カミュはさ自分が簡単にモノを凍らせる事が出来るから逆に思いつかないんだよ」
「?」
「あの日の俺は一睡も出来なかったよ。
日頃の授業より頭を使うわ、走り回るわで大変な1日だった」
「で、どうしたんだ」
「実は補習でリアと居残りさせられた時に実験させられた事があったんだ」
「お前毎回の事だったからな・・・」
「なんか氷を使った実験でさ、氷に塩をかけると益々温度が下がるんだよな。」
「そうだな」
「それを利用して一晩中山のように氷をこさえて、塩ふって、あのスノーマンの中に埋め込んだ」
「何を・・・」
「簡単明瞭だろ。まあ当時の俺にしちゃ中々の知恵だな。それを今回もしたまでさ」


正直驚いた。
ミロにというより、当時のミロに。
いつもそうだったならば怒られる回数も減っていただろうに。

そうなのだ。氷に塩を振ると温度が氷点下にさがりだす。その原理は知っていた。
その上雪は押し固められていて表面積が小さくなり、密度が高くなって溶けにくくなる。
だが自分にはそんな方法は思いつかなかった。
だって何もせずとも簡単に凍らせる事が出来るのだから・・・。


「そうか・・・確かに当時のお前にしては頭を使ったな・・・1年分くらいは」
「カミュ・・・その言い方はいくらなんでもヒドくない?」
「ああ、悪かった、だが何でそんな事をしたんだ」

「・・・・あの時カミュが黙ってしまったから」

「・・・・・え」
「帰り道思ったよ。『きっと俺言っちゃいけないこと言ったかも』って。・・・お前凄い不安そうな顔してたから。」
「・・・・・」
「だからスノーマンが残ってたら、きっとカミュも安心するんじゃないかと思ったんだ」


窓から光が溢れ自分の所にまで射してくる。陽を背にして立つ彼は天の使いのようだ。それは最初に出会った時思った事だった。


「カミュ?」

きっとミロは

「泣いてるのか?」

いつか私の氷を全て溶かしてしまう

「カミュ・・・」

私は目の前のこぼれる金の束に手をまわし抱きしめた。


「たまには放っておいてくれ」

もう手遅れだ。


***


あれからどれだけの時が流れたのだろう。
今、自分が横たわるこの暗い地の底に陽が射す事はない。


「カミュは雪の精かな」


ミロの言葉が甦る。

今なら分かる。
ミロと交わしたくだらない会話こそ幸せな時間の象徴だったという事が。


「結局あいつの予想どうりだったな・・・」


自分が選んだ運命に後悔はないけれど、彼はどう思っただろう。
結局何一つ告げないまま消えてしまった


「ミロ・・・」


静かに陽の名を呟きながら瞳を閉じた。

「・・・いつか雪と共にお前に会いに来よう・・・」

fin.


BGM 
「あなたへ」by 鈴木重子
「思いがかさなるその前に」by 平井堅
「One night」by 加賀谷玲
「未完成な音色」by GARNET CROW
「Until...」by Sting
「Playing Love From La Leggenda Del Pianista Sull'oceano」
by Ennio Morricone